特別インタビュー第二弾「過信力」で、3年食える!〜新潟アルビレックスBB 代表取締役 川上明さん〜

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明日、今日より少し成長できる。現場で使えるノウハウを先輩から教えてもらう特別企画、第二弾!

新卒時代は24時間戦う広告営業マンから、現在は新潟のプロバスケットボールチームの社長ユニークな経歴の川上明さん。9.11のときニューヨークに駐在していたことや、部署全員から嫌われた部長時代など破天荒な経験から、今の20代に必要な○○力についてお話を伺ってきました。

新潟アルビレックスBB 代表取締役 川上明さん

川上 明
新卒で広告代理店、インターネット広告業、BtoBマーケティング支援、人材紹介会社取締役を経て、2021年1月新潟の「新潟プロバスケットボール」に入社。6月1日付で代表取締役社長に就任。

「前時代の人のいうこと、聞いてもムダ」尖ってた新卒時代

新潟アルビレックスBB 代表取締役 川上明さん
新しい時代を切り開くのは俺だ。

ー まず、川上さんの社会人経験を教えてください。

キャリアのスタートは大手の広告代理店です。最初はスポーツイベントの担当で興行権(チケットを売る権利)と放映権(テレビで放送する権利)、協賛(広告スポンサーに販売する)を売る、という仕事を8年間経験しました。その後、アメリカの広告会社へ出向し4年間働き、日本に戻ってまた4年間がむしゃらに働きました。

日本に戻ってちょうど4年後にインターネット広告会社に転職しました。SNSマーケティングを担当し、30名ほどの部署のマネジメントも任されました。

そのあと、BtoBマーケティングの会社に転職したことでいろんなことを考え、知人と3名で人材の会社経営をはじめました。これがうまくいかず、反省と失敗続きのどん底にいたとき、取引先だった今の会社から熱心に声をかけていただいたことが縁となり、今は新潟アルビレックスBBというプロバスケットボールの運営会社の代表を勤めています。

ー イケイケの広告営業マンからスポーツ産業の社長へ!すごい転身ですね。

そうですね。新卒の頃から広告業界一筋できた自分が、まさかスポーツ産業に携わるとは、まして代表という立場で。夢にも思っていませんでした。バスケ経験といえば、中学時代にかじったくらいですから。

人生が変わった3つのターニングポイント

新潟アルビレックスBB 代表取締役 川上明さん
9.11の体験を語ってくれた川上さん。その日から、グラウンドゼロにはいけなかった。

ー どういう流れで転身されたのかとても興味深いです!キャリアにおけるターニングポイントはありましたか?

振り返ってみれば、3回ありました。アメリカで駐在した時、30名超えの部署を初めてマネジメントしたとき、そして起業のきっかけとなったBtoBマーケティングの会社でのカルチャーショックです。

1、アメリカ駐在期に直面した9.11の衝撃

ー まず最初のターニングポイントであるアメリカのお話から聞かせてください。

2000年から2004年の間、新卒で入った会社でアメリカの支社に出向することになりました。これは今振り返っても、僕の人生でとても大切な時間でした。

まず、「自分を中心とした豊かな生活を送ること」ができたことです。当時の日本では「一億総中流」という言葉がありました。終身雇用が前提で、頑張って働き続けたら少しずつ役職と収入が上がり、生活の質が豊かになっていく、そんな暮らしをしている日本国民の多くが「自分たちは中流階級だ」と考えていた風潮がありました。当然ながら私もそれが当たり前だとブラックな環境で死ぬほど働いてました。

ところが、アメリカに行ったら全く違うんです。年収6万ドルなら6万ドルの超楽しい生活をしていて、何より幸福なんです。なぜなら自分の好きなことを好きなようにしている、その為に何かを犠牲にすることをしない自分を中心とした豊かさを持っていました。

ー 自分を中心とした豊かさ、素敵ですね。

はい。その風土に触れて一年経った頃、9.11が起きました。

ー 大変なときでしたね…9.11では、直接の被害はなかったですか?

ワールドトレードセンタービルから地下鉄で3駅離れた場所にオフィスがあったので、僕自身は無事でした。でも、ワールドトレードセンタービルにある銀行と取引していたので、月に一度、訪れてました。今でも、その銀行のオフィスを思い出せます。

オフィスには人がたくさんいて、すれ違って会釈してくれた人たちの顔、エレベーターで一緒になった人たち。普通に朝まで同じことをしていた人たちの人生が一瞬で消えてしまう、こんなことがあるのか、深い悲しみと衝撃に襲われました。明日突然いなくなってしまうという現実が起こり得るとわかり、「好きなことをする人生にしたい!」と強く思いました。

ー 辛い経験からの気づきだったんですね。そのあとは好きなように過ごせましたか?

そうですね、このアメリカの4年間は人生において宝物のような時間です。その恩義から、アメリカにいた4年間分はしっかり恩返ししようと、4年間死に物狂いで働きました。その後転職し、次の転機がきます。

2、部署全員から嫌われた苦いマネージャーデビュー

新潟アルビレックスBB 代表取締役 川上明さん
民主党政権に変わったころと時を同じく、大反発をくらう。「ブレてる」と世間から叩かれまくる民主党に共感しかなかったと大笑い。

ー 2つめのターニングポイントですね。

インターネット広告会社に転職したのですが、ここでは新卒でも部門長になれるというポジション立候補制度がありました。早速チャレンジしたところ、僕が選ばれて30名の組織の部門長になりました。

でも、蓋を開けたら、何もうまくいかず、当初の計画も絵に描いた餅状態、売り上げも上がらない、戦略もブレブレ。はっきりいって大失敗ですよ。部署全員から嫌われて、顔をみたら文句しか言われない日々でした。

ー 30人全員から嫌われるのは辛いですね…。今思えば、何が原因だったと思いますか?

2つあって、1つ目は僕のマネジメント力が致命的に低かったということです。本来は、メンバーの得意不得意と本人の希望をふまえて、適切な業務の振り方やコミュニケーションをとるべきところが、僕はなにもできませんでした。

2つ目は、戦略を日々の業務にブレイクダウンして落としたりロードマップを引いてあげることができなかったこと。もう完全に僕の実力不足です。

ー 今の川上さんだったらどうやってその状態を変えられると思いますか?

まず「足を止める」という決断をします。どうにもならないことを受け入れて仕切り直します。それを言えず、何から直したらいいかわからないけど日々動かし続けたのがいけなかった。また、何から直したらいいかわからないのに、人に聞くことも大嫌いな人間だったので、どうにもならなかったんですよね。今思えば恥ずかしい限りです。

3、成果よりプロセスを奨励し成長を促す、ってマジ?のカルチャーショック

ー 人に聞くことが嫌い、というお話はぜひお聞きしたいところですが、先に3つ目のターニングポイントからお伺いさせてください。

3社目の、BtoBマーケティング会社での経験ですね。まさに今の僕がここにいる所以と言えます。

ー 広告マンがスポーツチームの社長になる所以ですね。どんな経験をされたんですか?!

僕、昔から団体行動が大嫌いなんです。さっきも話した通り、子供の頃から人の話を聞くことが嫌いで協調性のかけらもない。でも、なぜか自信だけは過剰にあって、新しい時代を切り開く僕に、前時代を生きてきた老人のいうことなんてムダ!自分で考えて自分でなんとかするものだ!と考えてきました。

入ってまず驚いたのが、イベントも多い、飲み会多い、団体行動大好き、みんな仲良しなんですよ。何より、もっともカルチャーショックだったのが、成果よりプロセスを褒めるという文化ですね。当たり前ですけど、結果にコミットするのが仕事です。それまでは、プロセスはできて当然、できない理由がないと叩き込まれてきました。

でも、この会社は数字よりプロセスを褒めて伸ばすを徹底していて、メンバーができるまで伴走して成長を支援します。はっきり言って最初は全く理解できませんでした。

ー 真逆の文化だったということですね。辛いご経験でしたか?

いえ、それが僕にない引き出しが増えた瞬間でした。もちろん性格的に受け入れられない文化はありましたが、この徹底したメンバーの成長支援に振り切るというやり方に、いい意味でショックを受けました。

プロセスが大事か、成果が大事かは、人の成長を支援するならその人によって合うやり方がある。ここに気づけて実行できたことが僕の引き出しになり、そしてサラリーマン最高と思っていた僕が、起業してまで成長支援をしたいと思うきっかけをくれました。

ー 引き出しとして増やせるというのがすごいですね。その後、成長支援をする会社を起業されたんですね。

と言っても、それは本当に間違いの始まりでした。やりたいことだけを優先して、人材系のサービス開発をしたら経験が少ないことも災いして苦労ばかりでした。

悪化する渦中で、自分を客観視することもできず、サンクコストの見極め、損切りの難しさを学びました。そんなときに当時のお客さまだった今の会社から現職の紹介をされたことで新潟にいく決意をしました。

「過信力」があれば3年、乗り切れる。その根拠とは?

新潟アルビレックスBB 代表取締役 川上明さん
失敗しかしてないから怒られてばかりだったよ、と豪快に笑う強靭なメンタル

ー 今、新潟ではどのようなお仕事をされているのですか?

新潟アルビレックスBBというプロバスケットボールチームの運営会社の代表をしています。格好よくいうと「プロスポーツを通じて地域を元気にする仕事」ですね。

株式会社新潟プロバスケットボール

2000年3月新潟にて設立。長岡市を本拠地として、新潟市、上越市など新潟全域で活動中。B.LEAGUEに所属する「新潟アルビレックスBB」を運営。

ー 格好いいですね!

そうなんです。チームの勝敗が経営に大きな影響を与える環境でありながら、チームの勝敗にかかわらず持続的に成長させるという大きな矛盾の中で毎日トライアンドエラーを繰り返しています。

代表なので、仕事の範囲に制限はありませんが、大きくは「組織作り」「協賛スポンサーの契約をとる法人営業」「ファン作り、チケット販促のマーケティング活動」そして「チーム強化」の4つをバランスよく進めていかねばならず、難易度の高さに悪戦苦闘しています。

ー そのひとつひとつだけでも、とても難しいお仕事ですよね。それを実行できるスキルと長年の経験をできるだけ早い期間で習得するために必要な力ってありますか?

さっき自分で前時代を生きてきた老人のいうことなんてムダ!って言いましたが、それは今でもそう思っています。時代は3年で変わります。

だから、僕が言うことなんて今の時代の若い人にはあまり役に立たないです。でも、一つだけ言えるとしたら「過信力」を持てってことですね。

ー 「過信力」ですか?

「自分を全力で超肯定してあげて、好きなようにやりぬく力」ですね。

僕は人の話を聞くのが嫌いだと言いましたが、社会人になってからも本当に人の話を聞きませんでした。時代は変わるのに先人のアドバイスなんて役に立たないよって本気で思っていたので。大失敗しまくりましたけど、それでも聞かずに自分だけを信じてやってきました。

さすがに今となっては、正しかったなと思うアドバイスもありましたよ。

ー 正しかったと思うアドバイスがあるな、と気づいても聞かずにやったと?

はい。正しかったアドバイスがあることはわかっていますが、必ずしも上司や先輩が100%のタイミングで、100%の回答をくれるかといえば違うこともわかっています。

つまり、人に聞くことで自分自身の本質的な問題解決能力が上がるかと言われると違うと、僕は思っています。

やりまくって経験しまくって失敗しまくったから、今の僕がいる。こんな、へそ曲がりな僕は失敗経験からしか何も得ることはできなかった。

ー 経験を積むことが一番だ、そのためには自分を信じて経験たくさん積めるよう突き進め!ってことですね。

それだけです。だって、仕事って勉強と違って正解がないだけじゃなくて問題を見つけるところからスタートじゃないですか。だったら問題を見つけるところからスタートですよね。

そんなのどう転んだって失敗します。失敗すると言うことは、自分の身になる経験ができてるんだって逆にやったぜ!って気持ちで良いと思いますよ。

ー 確かに仰る通りですね。

他人から見たらどう見えるかはわかりませんが、僕は僕の生き方に大満足しています。まさにアメリカで体感した「自分を中心とした豊かな生活を送ること」を実行できていますから。

だから、これからを生きる人たちには、まず「過信力」でがむしゃらに3年やってみてみてほしい。3年で時代は変わっちゃうから、4年後は次の力を手に入れたら良いと思います。

ー ありがとうございます。最後に、読者へ一言お願いします。

自己中最高!

当事者だったらとても辛かったであろうことも笑いながら話してくれる川上さん。

いろんな経験をしたからこそ、今がある。失敗をたくさんしても後悔はひとつもない、そう言い切れる前向きな姿が印象的でした。

取材/文:BizLog編集長 大久保佳美

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