座右の銘として挙げられることも多いことわざ「人事を尽くして天命を待つ」を解説します。もとはだれの言葉で、何が由来か知っていますか?「人事を尽くして天命を待つ」の意味や使い方を例文とともに紹介します。類語と英語訳もあわせてチェックできますよ。
「人事を尽くして天命を待つ」の読み方
ことわざ「人事を尽くして天命を待つ」の読み方は、「じんじをつくしててんめいをまつ」です。「人事」は「自分とは無関係なこと」という意味の「ひとごと(他人事とも書きます)」とも読めますが、「人事を尽くして天命を待つ」では「じんじ」と読みます。
「人事を尽くして天命を待つ」の意味
「人事を尽くして天命を待つ」には「ひとの力でできることをすべて尽したら、あとは静かに天の命令を待つ」という意味があります。「最善を尽くしたので、いかなる結果になってもそれに従うし、後悔はない」という趣旨のことわざです。「人事」は「人事部」のように、「社会や組織の中での地位や身分」の意味で使われるのが一般的です。しかし「人事を尽くして天命を待つ」での「人事」は、「人間がおこなうこと」または「人間の力でできうること」の意味で使われています。一方、「天命」は「天に与えられた使命や命令」の意味です。「ひとの力が及ばない運命や宿命、成り行きのこと」の意味も天命にはあります。いずれにしても「人間の力ではどうすることもできない領域」が「天命」です。
中国での「人事を尽くして天命を待つ」の意味
中国での「人事を尽くして天命を待つ」は、戦いに勝ったときの武将の気持ちを表した言葉として知られています。それが現代の日本では「ベストは尽くした」のような意味で使われるようになりました。
「人事を尽くして天命を待つ」の由来・語源
ことわざ「人事を尽くして天命を待つ」の由来を紹介します。もともと「人事を尽くして天命を待つ」は日本のことわざではなく、外国の書物に記されたエピソードに由来したことわざです。
出典は中国の書物『読史管見』
「人事を尽くして天命を待つ」の出典は、南宋中国初期の儒学者・胡寅(こいん)が記した書物『読史管見(とくしかんけん)』です。『読史管見』は、胡寅が歴史を読んで個人的な見解をまとめた書物で、全30巻あります。
もともとは中国の故事成語だった「人事を尽くして天命を待つ」の由来
『読史管見』のなかで胡寅は、東晋の謝安(しゃあん)が前秦の苻堅(ふけん)を倒した「淝水(ひすい)の戦い」について述べています。胡寅は、甥の謝玄から勝利の報告を受けた謝安の心境を「人事を尽くして天命を待つ」と表現しました。この話がもとになり、ことわざ「人事を尽くして天命を待つ」が生まれました。ちなみに勝利の報告を受けたときの謝安は、客と囲碁の対局中。客の手前は冷静に報告を受けたものの、客が帰ってからは下駄の歯が折れるほど大喜びをしたという逸話が残っています。
「人事を尽くして天命を待つ」の別の言い方と間違いやすい言い方
「人事を尽くして天命を待つ」には、四字熟語や別の言い方があります。また、注意すべき間違いやすい言い方もあります。どちらもチェックしてください。
四文字熟語「人事天命」も同じ意味
「人事を尽くして天命を待つ」ではなく、四文字熟語で「人事天命」と書くこともあります。意味はどちらも同じです。
「人事を尽くして天命を聴す」がもともとの表記
出典元である胡寅の『読史管見(とくしかんけん)』には、「人事を尽くして天命を待つ」ではなく「人事を尽くして天命に聴(まか)す」と記されています。「聴」は「音や言葉をきく」という意味のほか、「成り行きに任せる」の意味もある漢字です。「人事を尽くして天命を聴す」では、「すべきことはしたのだから、あとは成り行きに任せよう」の意味で使われています。一般的な表記ではありませんが、「待つ」ではなく「聴す」でも意味は同じです。
注意!「人事を尽くして運命を待つ」は間違い
「天命」ではなく「運命」を用いて「人事を尽くして運命を待つ」とするのは間違いです。「運命」には「今後の成り行き」や「将来どうなるか」、または「めぐり合わせ」などの意味があります。「運命」が人の行為によって変わる可能性があるのに対し、「天命」は何ごとにも左右されません。より大きな、自分の意思ではどうにもできないものが「天命」です。そのため、「人事を尽くして運命を待つ」は間違いです。ウッカリ使わないよう、気を付けたいですね。
「人事を尽くして天命を待つ」の使い方・例文
「人事を尽くして天命を待つ」を使った例文を紹介します。
いずれの例文も勉強や仕事、練習など「人事」を最大限に尽くしているのがポイントです。「ベストは尽くしたのだからあとは天に任せるしかない」という心境が共通しています。
「人事を尽くして天命を待つ」の類義語
「人事を尽くして天命を待つ」の類義語を挙げます。どの類義語も「すべきことはした」や「あとは成り行きに任せよう」といった意味です。
もっとも近い言葉は「天は自ら助くる者を助く」
「天は自ら助くる者を助く」は、「天は、他力本願ではなく自分自身で努力する人に力を貸してくれるものだ」の意味です。西洋の古いことわざ「Heaven helps those who help themselves.」がもとになっています。日本では明治初期にベストセラーになった『西国立志編』(中村正直訳)で引用され、広く知られるようになりました。『西国立志編』は、イギリスの作家・サミュエル・スマイルズの著書『自助論( Self-Help)』が原典です。
「運を天に任せる」
「運を天に任せる」は、「成り行きに任せるしかない」の意味で使われます。「天に任せる」という点では「人事を尽くして天命を待つ」と同じです。しかし、「人事を尽くしたか」は問われません。そのため、「運任せ」の意味合いが強くなります。四字熟語で「運否天賦(うんぷてんぷ)」ともいいます。
「人事を尽くして天命を待つ」の対義語
「人事を尽くして天命を待つ」の対義語を紹介します。どの対義語も「人事」を尽くしたか否かがポイントです。「成功のもとになる努力がなければ、相応の結果は手に入らない」という意味の言葉ばかりです。
「蒔かぬ種は生えぬ」
「蒔かぬ種は生えぬ」は「まかぬたねははえぬ」と読みます。江戸時代後期のいろはかるたにも登場する言葉で、日本ではかなり古くから使われていたようです。「何もしていないのに、よい結果を得られるわけがない」の意味で使われます。ほぼ同じ意味の「春植えざれば秋実らず」も、「人事を尽くして天命を待つ」の対義語です。
「打たねば鳴らぬ」
「打たねば鳴らぬ」は「鐘や太鼓があっても、打たなければ音が鳴らない」が転じて、「何も行動を起こしたり、何かに励んだりしていないのによい結果だけ手に入るわけがない」の意味で使われます。「打たぬ鐘は鳴らぬ」も同じように使われる言葉で、「人事を尽くして天命を待つ」の対義語です。
「ものがなければ影ささず」
「ものがなければ影ささず」は「ものがないところには影がささない」が転じて、「原因がないところに結果があるわけがない」の意味で使われます。「ものがなければ影ささず」は「人事を尽くして天命を待つ」のようによい結果が得られるか否かについてだけでなく、悪いことについても使う点が他の対義語と異なります。「火のない所に煙は立たぬ」の同義語でもあり、「悪いことが起こるなら、それなりの原因があるはず」の意味でも使われる言葉です。
「人事を尽くして天命を待つ」を英語でいうと?
「人事を尽くして天命を待つ」の英語訳は次のとおりです。
・Do your best and leave the rest to Providence.
・Do your best and let the God do the rest.
・Do your best and leave the rest to fate.
・Do the best you can and leave the rest to God.
いくつかの言い方がありますが、いずれも「Do your best(ベストを尽くす)」のあとは「God(神)」や「fate(運命)」、または「Providence(摂理、天の意思)」に任せようと述べています。
まとめ
中国の故事成語がもとになった「人事を尽くして天命を待つ」は、「ひとの力でできることを尽くしたら、あとは天の意思に任せて待とう」という意味のことわざです。「待つ」の代わりに本来の表記「聴(まか)す」で書くこともありますが、「運命を待つ」は誤用なので要注意。普段の会話や座右の銘、ビジネスシーンでも使えることわざなので、ぜひ覚えておきたいですね。