「天網恢恢疎にして漏らさず」の意味とは?由来や使い方、類語・例文を解説

天網恢恢疎にして漏らさず
目次

「天網恢恢疎にして漏らさず」の読み方

「天網恢恢疎にして漏らさず」の読み方

「天網恢恢疎にして漏らさず」は、「てんもうかいかいそにしてもらさず」と読みます。「恢恢」は「恢々」、「疎」は「䟽」とも表記し、読み方と意味は同じです。また、「天網恢恢(てんもうかいかい)」は「天網恢恢疎にして漏らさず」と同じ意味の四字熟語です。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の意味とは?

「天網恢恢疎にして漏らさず」の意味とは?

「天が張る網は広くて大きく、目が粗いように思えるが、悪人を漏らさずにとらえる」、つまり「悪いことをすれば、必ず報いを受ける」が「天網恢恢疎にして漏らさず」の意味です。

「天網」とは?

「天網」は、「天が張りめぐらせた網」を指します。何のための網かといえば、「悪人や悪事を逃さないための網」です。「天」は「空」を表すのではなく、「神のような信仰の対象」または「運命」などを意味します。「天命」や「天罰」の「天」です。

「恢恢」と「疎」の意味

「恢恢」は、「広くて大きく、ゆったりしている様子」を表します。漢字「疎」は訓読みで「おろそ(か)」や「とお(す)」とも読み、意味は「まばら」です。「天網恢恢疎にして漏らさず」の「恢恢」と「疎」は、いずれも天網が「ざっくりと大きく、目が粗い」ものだと形容しています。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の由来と出典

「天網恢恢疎にして漏らさず」の由来と出典

「天網恢恢疎にして漏らさず」は「天の網は大きいが、悪事を逃すことはない」たとえが「悪事は必ず報いを受ける」となり、これが由来です。

中国の書物『老子』が出典

中国春秋時代の思想家・老子(ろうし)が記した『老子』の73章に「天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、招かずして自ずから来たり、繟然(せんぜん)としてよく謀る。天網恢々疎にして失わず」の一節があります。この一節がもとになって、ことわざ「天網恢恢疎にして漏らさず」となりました。

『魏書』にも記述あり

554年に成立した中国の歴史書『魏書(ぎしょ)』にも、「天網はあられれともかからぬやうにと油断せぬなり 天網恢々䟽にして不漏と云也」の記述があります。『魏書』は中国北斉の学者・魏収(ぎしゅう)が編纂しました。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の使い方と例文

「天網恢恢疎にして漏らさず」の使い方と例文

「天網恢恢疎にして漏らさず」の使い方、例文を挙げます。

戒めるために使うことが多い

「悪事をはたらけば必ず報いを受ける」意味から、「悪いことはするものではない」と戒める場面で「天網恢恢疎にして漏らさず」を使うのが一般的です。「だれも見ていなくても、きっと悪事は明るみになる」、または「必ず自分に返ってくる」と自分や相手を戒めるために使います。

例文

「天網恢恢疎にして漏らさず」を使った例文を挙げます。

・政治家の裏金問題が報じられている。やはり天網恢恢疎にして漏らさず、悪事はいつかばれるんだね。
・天網恢恢疎にして漏らさずだと自分に言い聞かせ、悪い仲間からの誘いを断った。
・彼は社内での権力をかさに、やりたい放題だ。天網恢恢疎にして漏らさずとはいうが、彼にもいつか天罰がくだるのだろうか。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の類義語・言い換え表現

「天網恢恢疎にして漏らさず」の類義語・言い換え表現

「天網恢恢疎にして漏らさず」と似た意味のことわざ、四字熟語を紹介します。

「当たる罰は薦着ても当たる」

「当たる罰は薦着ても当たる」は「あたるばちはこもきてもあたる」と読み、「薦(こも)」は「菰」とも表記します。意味は「たとえ身を隠したとしても、悪事を働いたものには罰が当たる」です。「薦」はマコモという植物、またはマコモで編んだムシロや笠、樽などを指します。「薦着て」とは、ムシロや編み笠で身を隠した状態です。「天は悪事を見逃さない」意味が「天網恢恢疎にして漏らさず」と共通しています。

「天知る地知る」

「天知る地知る」は「てんしるちしる」と読みます。「他人には悪事がばれていないと思っていても、天地や自分自身は悪事を知っている」が転じて、「悪事はいつか明るみになる」意味です。出典は中国の歴史書『後漢書(ごかんじょ)』の「楊震伝(ようしんでん)」。後漢の政治家・楊震(ようしん)が賄賂を断るときに言ったという、「天知る地知る我(われ)知る子(し)知る」がもとになっています。

「眼は天を走る」

「眼は天を走る」は「まなこはてんをはしる」と読み、意味は「天の目は鋭い洞察力をもっているのだから、どんな悪事もお見通しである」です。「眼は天を駆ける(まなこはてんをかける)」とも、「天に眼(てんにまなこ)」または「天の眼(てんのまなこ)」ともいいます。すべて「天網恢恢疎にして漏らさず」の類語です。

「天罰覿面」

「天罰覿面」は「てんばつてきめん」と読みます。意味は「悪事をはたらけば、立ちどころに天罰がくだる」です。「覿面」は「実際に目撃する」が本来の意味で、転じて「効果が目の当たりにすぐ現れる様子」を表します。

「網目不疎」

「網目不疎」は「もうもくふそ」と読み、「細かく法が定められていて、抜け道がない」意味です。出典は中国南北朝時代の書物『世説新語(せせつ しんご)』。「天の網」と「法の網」は異なりますが、「抜け穴がない」つまり「悪事は必ず罰せられる」意味は「天網恢恢疎にして漏らさず」と共通です。

「因果応報」

「因果応報」は「いんがおうほう」と読みます。意味は「善行をすればよい報いがあるし、悪事をはたらけば悪い報いがある」です。出典は688年に成立した『大慈恩寺三蔵法師伝(だいじおんじさんぞうほうしでん)』。『大慈恩寺三蔵法師伝』は、三蔵法師として有名な唐の玄奘(げんじょう)の伝記です。「天網恢恢疎にして漏らさず」が悪行には報いがあるとするのに対し、「因果応報」は善行にも悪行にも報いがあるとしています。

「悪因悪果」

「悪因悪果」は「あくいんあっか」と読み、「悪いことをすれば、必ず悪い報いがある」意味です。「報いがあるのだから、悪いことではなく正しいことをすべき」のニュアンスでも使われます。「因果応報」と異なり、悪行についてのみ述べている点が「天網恢恢疎にして漏らさず」とより近い意味だといえます。

「悪因苦果」

「悪因苦果」は「あくいんくか」と読みます。「苦果」は、「悪業(あくごう)から生じる、心身の苦しみ」を指します。つまり「悪いことをすれば、必ず苦しい報いを受ける」意味です。

「自業自得」

「自業自得」は「じごうじとく」と読み、「自分でしたことは自分に返ってくる」意味です。悪いおこないの場合に使うことが多く、ネガティブなニュアンスを含みます。仏教の「因果の法則」を表す四字熟語です。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の対義語

「天網恢恢疎にして漏らさず」の対義語

「天網恢恢疎にして漏らさず」と反対の意味をもつことわざを紹介します。いずれも「悪事が見逃されてしまう」意味のことわざです。

「大魚は網を破る」

「大魚は網を破る」は「たいぎょはあみをやぶる」と読みます。意味は「大悪党や大きな悪事が逃げてしまう、見逃されてしまう」です。「大魚」は「大きな悪事」、「網」は「法の網」を指します。「どんな悪事も見逃さない」の「天網恢恢疎にして漏らさず」とは反対です。

「網呑舟の魚を漏らす」

「網呑舟の魚を漏らす」は「あみどんしゅうのうおをもらす」と読みます。「船を飲み込むほどの大きな魚ですら、網でとらえられないことがある」が転じて、「大悪党を罰することができない」意味です。「呑舟の魚」は「大きな才能や能力」とよい意味もありますが、「網呑舟の魚を漏らす」では「大きな悪事や大悪党」のネガティブな意味で使います。

「天に目なし」

「天に目なし」は「てんにめなし」と読み、「天に目はついていないので、多少の悪事をはたらいても明るみにならない」意味です。そもそも「天には悪事を見つける力がない」としている点で、「天網恢恢疎にして漏らさず」とは反対といえます。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の英語表現

「天網恢恢疎にして漏らさず」の英語表現

「The mills of God grind slowly.(神の水車はゆっくり粉を挽く)」が、「天網恢恢疎にして漏らさず」と近い英語表現です。「神の水車はゆっくり粉を挽く」は転じて、「天の報いはゆっくりかもしれないが、必ず訪れるものだ」を意味します。

まとめ

「天網恢恢疎にして漏らさず」は、「悪事は必ず明るみに出るし、報いを受けるものだ」という意味のことわざです。つまり「悪事をはたらくものではない」の戒めで使います。ビジネスシーンでも「悪いことはしない方がよい」と言うべき場面があるでしょう。そんな場面にふさわしい表現が「天網恢恢疎にして漏らさず」です。

天網恢恢疎にして漏らさず

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