ニーチェの「神は死んだ」の意味とは?思想と歴史をわかりやすく解説

神は死んだ
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「神は死んだ」の意味とは?

「神は死んだ」の意味とは?

「神は死んだ」とはすべてが無価値化したという意味です。哲学者ニーチェの著作『ツァラトゥストラはこういった』の中にでてくる有名な言葉です。すべてが無価値化しただけだといまいちイメージしづらいですよね。

19世紀後半、ヨーロッパは科学が進歩し、今までのキリスト教はもはや信仰に値しない存在であるという主張が「神は死んだ」の意味を表すものといわれています。

当時の西洋人にとって、約1000年続いた神への信仰という最高の価値の拠り所と目指すべきものがなくなるので、「神は死んだ」と伝わることは神への信仰という文化、つまり、「なぜ生きているのか」「何を信じて生きていく」という問いそのものが無意味であることを証明してしまうのです

「神は死んだ」の由来

「神は死んだ」の由来

哲学をあまり知らなくても「神は死んだ」というフレーズは一度は耳にした経験がある人が多いでしょう。記憶にこびりつくような強烈なフレーズはいったい何が由来なのでしょうか。その成り立ちを見ていきましょう。

哲学者ニーチェの小説の主人公のセリフ

「神は死んだ」のセリフはニーチェ本人が言ったセリフではありません。ニーチェの有名な著作のひとつである『ツァラトゥストラはこういった』の主人公が放ったセリフです。

『ツァラトゥストラはこういった』とはニーチェの分身ツァラトゥストラが寓話形式に神の死やニヒリズム、超人思想を伝えるものです

ニーチェにとって神とは?

ニーチェは神のことを「弱者のルサンチマンがつくりだしたもの」と述べています。ここでのルサンチマンとは「恨み」や「嫉妬」を意味します

ニーチェは神への信仰や神の概念を耳ざわりのいい意思から生まれたのではなく、むしろ弱者の妬みや恨みからでてきた負の感情から生み出されたものと考えました。

ニーチェとは?

ニーチェとは?

「神は死んだ」の哲学者のニーチェとはいったいどんな人物なのでしょうか。ニーチェの生い立ちを紹介します。

生真面目な人間

ニーチェは現在のドイツ北部からポーランド西部にかけてを領土としていたプロセイン王国領の小村レッツェン・バイ・リュッケンで産まれました。幼いころに父や母を亡くしており、生活費を工面するため、残された一家全員で父方の祖母がいるナウムブルクに移住します。

その後小学校に入学したニーチェですが、ある日の学校帰り、雨が降っていました。他の生徒たちは走って帰る中、ニーチェは頭にハンカチをのせ、歩いて帰宅したのです。心配した母親が理由を尋ねると「校則に走らずに帰宅しなさいと書いてあった」と答えました。

このエピソードからニーチェは生真面目な人間であることが予想できますね。

孤独な最期

ニーチェの最後はとても悲惨でした。晩年の10年間、精神病で苦しみ、最後は肺炎のため誰にも看取られることなくこの世を去ったといわれています

ニーチェの思想

ニーチェの思想

ニーチェは「神は死んだ」ことで何を伝えたかったのでしょうか。ニーチェが「神は死んだ」に至るまでのニーチェの思想を紹介します。

神の死が意味するもの

弱者のルサンチマンが作り出した「神」や「道徳」といった既存の価値観が崩壊した世界が訪れました。産業革命により、神が作ったとされる自然を人間がコントロールできるようになり、「神」という絶対的な存在が失われたことを意味します

ニヒリズム

神の存在が危ぶまれ、神や死後の世界なんてないといった考えをニヒリズムといいます。

ニヒリズムとは虚無主義ともいい、物事の意義や目的といったものは存在しない、自分自身の存在を含めて全てが無価値だとする考え方のことです

ニヒリズムに陥ると「どうせ何をやっても意味ないよ」と諦めにも似た感情が生まれ、何を目指してよいか、何のために生きているのかわからなくなり、生きる気力をも奪ってしまいます。

末人

そんなニヒリズムから生まれた人間のことをニーチェは「末人」と名付けました。末人とは、何も目指さずに生きている人間のことです。ただ健康で穏やかに人生が終わることを願ってなんとなく生きていくだけの存在です。

現代人にあてはめると、私たちは何かやりたいことがあるわけでもないが、とりあえず生活しないといけないから、とにかく何でもいいので仕事をして働きます。1日の24時間の内労働を8時間、残業や通勤を入れれば10時間以上になるでしょう。睡眠時間を含めれば自由な時間はわずかなものです。そのわずかな時間ですら自身にとって価値もないことに使ってしまいます。そして、気付けば若くなくなり、健康を維持し、面倒ごとを避け、平穏に寿命が尽きるの待っていく人生になります。

超人思想

ニーチェは末人にあふれるであろう神が死んだ世界においてニーチェは独自の思想を展開しました。それが超人思想です。ニーチェは神への信仰や神という概念が「人間本来の欲望を押し殺している」とも主張しています。

ニーチェは「闘争に長けた人間」「財力ある人間を」善い人間であると答えました。これを騎士的・貴族的価値観といいます。ニーチェにとって「お金と権力が欲しいです」は本来、生を実感するための自然な欲求であるとしています。すなわち、人間の力への意思、欲望こそが人間の本質であり、それを目指す者を超人とよびました。

「神は死んだ」が生まれた背景

「神は死んだ」が生まれた背景

何故ニーチェが現れ、「神は死んだ」というフレーズが誕生したのでしょうか。その背景にはキリスト教の価値観とそれが誕生した歴史にありました

キリスト教が広めた価値観

ニーチェによれば、キリスト教の出現により善悪の価値観が逆転してしまったとされています。先述のようにはるか古代の価値観では「善い」とは強い人、優れている人を差し、「悪い」とは弱い人、力のない人のことでした。

しかし、キリスト教の出現によりその価値観は逆転します。ニーチェはキリスト教のことを「僧侶的・道徳的価値観」と呼んでいます。このキリスト教的価値観は例えば、肉食獣は「悪者」にして、草食動物は「善人」といった考えのことです。ニーチェは現実では勝てない弱者が、妄想の世界で復讐するために作り上げたものと批判しました。

ユダヤ人たちの悲惨な歴史

ただ、このような非自然的な価値観が生まれたのにはユダヤ人の悲惨な歴史が背景にあります

キリスト教のもととなったことで有名な宗教がユダヤ教です。その名の通りユダヤ人がつくった宗教であります。ユダヤ教を信じるユダヤ人は「世界が終末を迎えるとき、救われるのは自分たちだけ」という選民思想を信じていました。一見、自己中心的な宗教に見えますが、そうでないと生きていけないほど不幸な歴史を歩んで来たのです。

ヘブライの地で暮らしていたユダヤ人はある日、突然やってきた古代エジプト人に連れ去れます。そして約200年ほど、奴隷民族として惨めな生活を強いられていました。その後モーゼが中心となってエジプトから逃げのびます。しかし、その後も悲惨な逃亡生活から自分たちの国をつくるも滅亡、また奴隷の日々という歴史であります。

このような不幸の連続から「頑張って耐えて、神を信仰し続ければきっと救世主がやってきて、俺たちを救ってくれる」といった思いが生まれたのです。

しかし、いくら待っても、神様は現れませんでした。迫害され続けたユダヤ人はやがて「この苦しみそのものに意味がある」と思い込むようになります。現実の世界ではどうにもならないので、「暴力はいけないこと」、「憎しみはいけないこと」とし、「力あるものが無害で無抵抗な私たちに暴力を振るうとは、なんて哀れでかわいそうなんだろう」と精神的な価値観を作り出し、その世界で復讐心を満たすようになったのです。

「神は死んだ」後の世界

「神は死んだ」後の世界

ニーチェは神が死んだ後の世界について何を伝えたかったのでしょうか。「神は死んだ」後の世界をどう考えていてのか見ていきましょう

すべての価値観が崩壊した世界

ここでいうすべての価値観が崩壊した世界は「神という絶対的な価値観」「道徳という模範的な価値観」が失われた世界のことです。今までの価値観は無意味になりつつあり、「神は死んだ」後の世界で生きている私たちの人生は本当に充実したものなのか、どんな生き方があるのだろうかが問われるようになりました

ニーチェの哲学

神や道徳が絶対ではなくなる時代がやってきた後、人間はどう生きるべきだろう提案したのでしょうか。何も目指すただ生きているだけの末人と成り果てるだけなのでしょうか。その不毛な人生を乗り越える提案として先述した超人思想がありました。超人は「神が死んだ」世界でもたくましく生きていけるものと主張したのです

ここで大切なのは超人になることではなく、「金持ちになりたい」「プロゲーマーになりたい」「歴史に残る作品を作りたい」という高みを目指す気持ちを自覚し、目を背けずに生きていくことです。「人の役に立ちたい」、「強くなりたい」、「誰かの心を動かしたい」という願いを自分で決めて実行することこそが満足に生きるすべであると述べました。

まとめ

「神は死んだ」とはキリスト教が支配してきた価値観の崩壊し、すべてが無価値化したことを意味します

「神は死んだ」はニーチェの著作の主人公のセリフです。ニーチェは神のことを「弱者が作り上げた都合のいい産物」と批判しました。

価値観が崩壊し、末人があふれる世界で、ニーチェは人生を満足にする方法として超人思想を提案しました。

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