「人間万事塞翁が馬」の意味とは?由来や読み方、類語は?

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    「人間万事塞翁が馬」は、誰しもが一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか?意味や使い方、さらには由来となった物語まで、正しく知っていますか?今回は「人間万事塞翁が馬」の意味や由来、正しい読み方について詳しく解説します!

    目次

    「人間万事塞翁が馬」の意味

    「人間万事塞翁が馬」の意味

    誰しもが一度は聞いたことがある故事成語「人間万事塞翁が馬」の意味について、詳しく解説します。

    「人間万事塞翁が馬」の意味

    「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま・にんげんばんじさいおうがうま)は、古代中国の故事から生まれた言葉です。

    北方の塞(砦・とりで)近くに住む老人(塞翁)が馬を失ったことに始まる、禍(災い)と幸福とが交互に繰り返された物語から、人生における禍福(災いと幸福)は予測ができないという意味の故事成句となりました。

    不幸が幸運を呼ぶこともあれば、その逆もあるので、幸不幸に一喜一憂すべきではないという意味もあります。

    単に「塞翁が馬」とも

    原典の物語の中に「人間万事」という表現は見られません。そのため単に「塞翁が馬」(さいおうがうま)といわれることもあります。

    「塞翁が馬」の「が」は所有を表す格助詞で、わかりやすく言い換えると「塞の近くに住む老人の馬」になります

    「翁(おう・おきな)」は年取った男性・老人に対して親しみ敬って呼ぶ言葉です。原典では「父」となっていますが、これも老人に対する敬称であり、「翁」と同義です。

    「人間万事塞翁が馬」の由来

    「人間万事塞翁が馬」の由来

    「人間万事塞翁が馬」の由来となった古代中国の文献に書かれた物語を紹介します。

    「人間万事塞翁が馬」はどこから?

    「人間万事塞翁が馬」は、紀元前・前漢時代の中国で書かれた「淮南子(えなんじ・わいなんし)」に書かれた一節です

    「淮南子」は前漢の第7代皇帝・武帝の頃、淮南王の劉安が学者に編纂させた思想書で、全21巻からなります。「人間万事塞翁が馬」は、その中の「巻十八 人間訓」に書かれているエピソードの一つです。

    「人間万事塞翁が馬」の原文・書き下し文・現代語訳

    「人間万事塞翁が馬」の原文

    近塞上之人、有善術者。
    馬無故亡而入胡。
    人皆弔之。
    其父曰、「此何遽不為福乎。」
    居数月、其馬将胡駿馬而帰。
    人皆賀之。
    其父曰、「此何遽不能為禍乎。」
    家富良馬。
    其子好騎、堕而折其髀。
    人皆弔之。
    其父曰、「此何遽不為福乎。」
    居一年、胡人大入塞。
    丁壮者引弦而戦、近塞之人、死者十九。
    此独以跛之故、父子相保。
    故福之為禍、禍之為福、化不可極、深不可測也。

    「人間万事塞翁が馬」の書き下し文

    塞上に近きの人に、術を善くする者有り。
    馬故無くして亡げて胡に入る。
    人皆之を弔す。
    其の父曰はく、「此れ何遽ぞ福と為らざらんや。」と。
    居ること数月、其の馬胡の駿馬を将ゐて帰る。
    人皆之を賀す。
    其の父曰はく、「此れ何遽ぞ禍と為る能はざらんや。」と。
    家良馬に富む。
    其の子騎を好み、堕ちて其の髀を折る。
    人皆之を弔す。
    其の父曰はく、「此れ何遽ぞ福と為らざらんや。」と。
    居ること一年、胡人大いに塞に入る。
    丁壮なる者弦を引きて戦ひ、塞に近きの人、死する者十に九なり。
    此れ独り跛の故を以て、父子相保てり。
    故に福の禍と為り、禍の福と為るは、化極むべからず、深測るべからざるなり。

    「人間万事塞翁が馬」の現代語訳

    塞(砦)の近くに住んでいる人に、占術の上手な者がいた。
    理由もなく馬が逃げて胡(異民族)の地に行ってしまった。
    人々は皆これを慰めた。
    その老人は言った、「これがどうして福とならないだろうか。」と。
    数カ月たって、その馬が胡の優れた馬を連れて帰ってきた。
    人々は皆これにお祝いを言った。
    その老人は言った、「これがどうして禍いにならないでいられようか。」と。
    家は良馬であふれた。
    その息子は乗馬を好み、馬から落ちて髀(大腿骨)を折ってしまった。
    人々は皆これを慰めた。
    その老人は言った、「これがどうして福とならないだろうか。」と。
    1年たって、胡の人が大勢で塞(砦)に攻めこんできた。
    働き盛りの男性は弓を引いて戦い、塞(砦)の近くに住む者たちは、10人中9人が死んだ。
    これだけは片足が不自由であったため、父子ともに無事だった。
    それで福が禍いとなり、禍いが福となる、その変化を極め知ることはできず、道理の奥深さは測り知ることができないのだ。

    以上のように、塞近くに住む老人(翁)の馬が逃げたことから、禍いと幸福が呼び込み合うように交互にやってくるエピソードです

    そこから「塞翁が馬」という言葉が生まれ、成句として使われるようになりました。

    「人間万事塞翁が馬」の読み方

    「人間万事塞翁が馬」の読み方

    「人間万事塞翁が馬」は人によって読み方が違います!その理由を解説いたします!

    「人間」は「にんげん」それとも「じんかん」?

    「人間万事塞翁が馬」は、現在では「にんげんばんじさいおうがうま」と読まれることも多いのですが、本来の意味を尊重して「じんかんばんじさいおうがうま」と読む方も数多くおられます

    「人間万事塞翁が馬」が収められている「淮南子」の「人間訓」は、「じんかんくん」と読まれます。

    織田信長が好んだ「敦盛」にも登場する「人間」

    同様に「世の中、世間」との意味の「人間(じんかん)」が使われた有名な詩に、織田信長が好んで演じたと伝えられる幸若舞の演目の一つ「敦盛」が挙げられます。

    「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」
    (人の世の50年は、下天の一日にしかあたらない、夢幻のようなものである)

    天界の六欲天の最下位の世である下天では、人の世の50年が一昼夜に過ぎず、人の世の時の流れの儚さを表しています。

    当時の平均寿命から「人間の人生は50年ほど」との解釈がされることがありますが、本来の意味は人の「世の中、世間」のことであり、「敦盛」も「人間万事塞翁が馬」も本来の読み方は「じんかん」になります。

    「人間万事塞翁が馬」の使い方

    「人間万事塞翁が馬」の使い方

    幸せも不幸もいつ訪れるかわからないから、いたずらに一喜一憂すべきではないとの励ましと戒めの言葉(人生訓)としてよく使われます。

    最もよく使われるのは、禍(災い)に見舞われた人を励ます場面です。

    例:「大変だったと思うけど、人生万事塞翁が馬と言うように、人生悪いことばかりではないよ」

    山あり谷ありの人生を送ってきた人が人生を振り返る際に使うこともあり、座右の銘にしている人が多いことでも知られています。

    「人間万事塞翁が馬」の類義語

    「人間万事塞翁が馬」の類義語

    「人間万事塞翁が馬」と同じ意味の故事成句・ことわざを2つ紹介します

    「禍福は糾える縄の如し」

    「人間万事塞翁が馬」の類語や似た言葉に、「禍福は糾える縄の如し」(かふくはあざなえるなわのごとし)があり、「吉兆は糾える縄の如し」と言わることもあります。

    「糾う」(あざなう)とは、紐をより合わせて縄をなう行為のことです。

    人生の中で禍福(災いと幸福)が交互にめぐってくることを、2本の紐をより合わせると、2本の紐が交互に絡み合い裏表をなす様子に喩えた故事成句です

    「人間万事塞翁が馬」と同じ前漢の第7代皇帝・武帝の時代に、司馬遷によって編纂された中国の歴史書「史記」の「南越伝」の中に記載されています。

    「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」

    また同様の意味では「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」もよく使われる言葉です。

    長い人生の中では、悪い時もあれば良いときもあり、悪いときばかりが続くわけではないからくよくよするな、と励ますときによく使われます。

    「瀬」とは河川において流れが速く水深が浅い場所のこと。川の「瀬」が、沈んだり浮かんだりする様子を人生に喩えた言葉です。

    「人間万事塞翁が馬」を中国語や英語では何と言う?

    「人間万事塞翁が馬」を中国語や英語では何と言う?

    「人間万事塞翁が馬」はその元祖である中国語ではどう表現されるのか、また英語ではなんと表現すればいいのか、解説します。

    「人間万事塞翁が馬」を中国語表現

    「人間万事塞翁が馬」は古代中国の故事から生まれた言葉であり、中国でもよく知られています。

    中国語では「塞翁失马,焉知非福」と言い、「塞翁失马(塞翁失馬)」「焉知非福」どちらか片方でも使われるほどよく知られた言い回しだそうです

    「塞翁失马」は「塞翁は馬を失った」、「焉知非福」は「幸か不幸かわからない」となります。

    「人間万事塞翁が馬」を英語表現

    英語圏では日本語の「塞翁が馬」のようにエピソードを示す言い回しは使われず、訳す場合は同じ意味のイディオムが使われます

    よく使われるのは「Inscrutable are the ways of Heaven.」で、直訳すると「不可解なのは天国への道」で、先が見通せないことの喩えです。

    「Fortune is unpredictable and changeable.」もよく使われる言い回しで、直訳すると「運は予測不可能で、変わりやすい」です。

    他には「Joy and sorrow are today and tomorrow.」(今日の喜びは、明日の悲しみ)もよく使われます。

    「人間万事塞翁が馬」を座右の銘にしている著名人

    「人間万事塞翁が馬」を座右の銘にしている著名人

    「人間万事塞翁が馬」を好む著名人にはどんな方がいるのか、紹介します。

    「人間万事塞翁が馬」を好む著名人

    「人間万事塞翁が馬」を座右の銘や好きな言葉として挙げる経営者やスポーツ選手など著名人は数多くいます

    スポーツ関係者では、元日本代表監督の岡田武史氏や、元プロ野球・MLB選手の松井秀喜氏が挙げられます。岡田武史氏は色紙を書くときに座右の銘として「人間万事塞翁が馬」を添えるといい、松井秀喜氏は自叙伝において父から教えられて大切にしている言葉として挙げています。

    ノーベル賞の山中伸弥教授も

    iPS細胞の研究で2012年にノーベル賞(医学・生理学賞)を受賞した山中伸弥教授も、「人間万事塞翁が馬」を好きな言葉として挙げる著名人の一人です。

    ノーベル賞を受賞するほど研究者として成功を収めた山中教授ですが、医学部卒業後の整形外科での研修医時代は手術がうまくできず、指導医から「ジャマナカ」と言われるほどだったとか。しかしここで壁にぶつかったことで研究者の道に進むことになり、山中教授は偉業を成し遂げました。

    インタビュー本の中で「ぼくの人生はまさに『人間万事塞翁が馬』と思える出来事の連続です」と、語っているほどです。

    まとめ

    事業やスポーツで成功した人も、決して成功ばかりではなく苦労をした時期があり、それを乗り越えて成功を収めています。もしもあなたに苦しいこと・つらいことが訪れた時は、「人間万事塞翁が馬」を思い出して、気持ちを切り替えてみてはいかがでしょうか?

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