20世紀最大の芸術運動といわれる「シュールレアリスム」とはどのような背景から生まれ、どのような考え方をするのでしょうか?その思想と表現の手法を有名な画家の作品や作風をからめて解説します。また、日本への影響と日本独自の変遷に関してもまとめました。
「シュールレアリスム」の意味とは?
20世紀最大の芸術思想といわれる「シュールレアリスム」とは、どのようなものなのでしょうか? 超現実と訳されるこの思想の意味について解説します。
無意識なものと理性の一致を目指す芸術運動
シュールレアリスムは人間の無意識にこそ、現実を超えた現実があると考え、この無意識の領域を芸術をとおして表すことによって、無意識と理性の一致を目指そうとする芸術運動です。文学や絵画をはじめとする芸術での概念として知られていますが、その運動は思想や信条など人間としての生き方や哲学にまで及んでいます。
ブルトンの「シュールレアリスム宣言」
シュールレアリスムは1924年フランスの詩人、アンドレ・ブルトンが発表した「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」で定義づけがされたことによって、これが理論的支柱となりました。
ブルトンはシュールレアリスムを「心の純粋な自動現象であり、これにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり」と定義しました。
「シュールレアリスム」の起源と誕生の背景
シュールレアリスムはどのような時代背景から生まれてきたのでしょうか? シュールレアリスムを語る上で、戦争の影響を外すわけにはいきません。シュールレアリスムは第一次世界大戦中の「ダダイズム」にその萌芽が見られ、戦後に花開いた芸術思想です。その時代背景とシュールレアリスム誕生について検証します。
戦争による価値観の崩壊とダダの台頭
第一次世界大戦の破壊によって、それまでの価値観や権威が無力になってしまう中で、芸術家たちは既存の合理主義的思想や理性といったものに疑問をもちました。そして合理的なものや思想を破壊して脱却することを目指す「ダダイズム」が生まれました。ダダイストたちは既存の概念にとらわれた理性や意識、作為を徹底的に否定し破壊しました。
ブルトンも最初はダダイズム運動に参加していましたが、のちに破壊のみのダダイズムに疑問をもち、破壊というネガティブな方向から「無意識」に何かを創造するという考え方をするようになります。そしてこれがシュールレアリスム宣言につながっていきます。
フロイト心理学による無意識の表面化
シュールレアリスムが無意識を重視することになったのは、心理学者であるフロイトが提唱した深層心理の分析によって、無意識下の夢や行動を表面化させる手法に大きな影響を受けたためです。フロイトは患者の無意識を診断するのに、思いつくままの言葉を書いていくという自動記述(オートマティスム)という手法を使っていましたが、これはそのままシュールレアリスム芸術の手法として取り入れられました。
「シュールレアリスム」が与えた影響
シュールレアリスムは20世紀初頭の思想における一大潮流となり、芸術だけではなく政治や社会にまで影響を与えました。その影響とは具体的にどのようなものだったのでしょうか。
芸術に与えた影響
シュールレアリスムに影響された芸術家たちは、理性的、合理的、意識的なものを排除して、無意識を表面化するために自動記述をはじめとしていろいろな実験的手法を発明して創作活動をしました。シュールレアリスム以前は全く相反する概念であった「夢と現実」を絶対的な現実=超現実として受け入れることによって、新たな文学や絵画が生まれました。
政治・社会に与えた影響
シュールレアリスムの革新的な思想は、単に個人的な意識の改革だけではなく、政治的、社会的な改革にも向かうことになります。従来の慣習や合理主義から人々を解放するという姿勢は、アナキストや共産主義者的思想とも共通するものがあったからです。ブルトンも一時共産党に入党したり、その後袂を分かってソ連式共産主義に反対してソ連を追われたトロツキーと親交をふかめたりと、政治的な運動にも影響を与えていきます。
「シュールレアリスム」の表現手法
芸術家たちはシュールレアリスムの革新的な概念を表現するためにどのような手法を使ったのでしょうか。彼らは作品であるけれども「無作為で無意識」的なもの=「超現実」というものを表現するために、従来にはない斬新な手法を生み出しました。そしてその手法は現在でも多くの芸術や広告などにおいて広く使われています。
ここではシュールレアリスム芸術の代表的な手法について説明します。
オートマティスム
オートマティスムは「自動記述」と訳されます。書く内容のことは全く考えずに、心に思いつくままのことをひたすら書いていくという手法です。これはシュールレアリスムに影響を与えた心理学者フロイトが、患者の潜在意識を診断する際に取り入れていた手法でもあります。
話の筋とか前後の脈略などの論理をまったく無視して、心に浮かんだことを羅列していくことで作為や理性から解放されることを目指します。その結果、無意識下の意識が表現されることになります。
デペイズマン
デペイズマンは「モノ」が本来あるべき場所や環境、文脈からまったく離れた場所に置くという手法です。「モノ」の形状、縮尺も常識を無視することによって、これを見る人に居心地の悪い違和感や衝撃を与えます。異質なものを組みあわせることによって、夢の中の事象のような無作為で偶然性のある出会いに新しい価値を求めます。例えば、砂漠の中に家具が置いてあるとか、宇宙空間に自動車や人が描かれている、果物が人間より大きいなどです。
フロッタージュ グラッタージュ デカルコマニー
オートマティスムの概念を絵画に取り入れたのが、「フロッタージュ」「グラッタージュ」「デカルコマニー」です。意味は仏語でそれぞれ「こする」「ひっかく」「転写する」を表します。フロッタージュは凹凸のある面に紙をのせて、上から筆記具でこすって柄を写し取る技法です。グラッタージュは何種類かの絵具を塗ったキャンバスをパレットナイフで削ることによって、模様を出します。デカルコマニーは絵具を紙などに置き、それをたたんだり押し付けたりして模様を出していきます。これらに共通するのは自動記述と同じように無作為で無意識な偶発性であり、理性的な考から解放された自由な創作を目指す手法として重視されました。
コラージュ
コラージュは仏語で「糊付け」の意味があり、新聞や雑誌、広告などからの切り抜きを無作為に組み合わせる手法です。この手法もオートマティスムの概念と同じく、構成や作品意図を一切無視することによって、理性や意識にとらわれない創作を実現するための手法です。
「シュールレアリスム」の日本への影響と変遷
シュールレアリスムが日本に与えた影響や、変遷について見ていきましょう。
日本の「シュールレアリスム」
日本では詩人で画家でもある瀧口修造が、1930年にブルトンが発表した「シュルレアリスムと絵画」を翻訳したことにより、シュールレアリスムが広まることになりました。このときシュールレアリスムは「超現実主義」と訳されました。
シュールレアリスムはヨーロッパでは第一次世界大戦後の混乱から生まれましたが、日本では第二次世界大戦に向かう暗い世相という、ヨーロッパとはまた違った社会的背景や東洋的な考えの中で独自の進化を遂げます。「無意識や無作為」を目指すという本来の目的はうすれて、斬新で奇抜なもの、幻想的で現実離れしたものを描くようになっていきます。
「シュールレアリスム」と「シュール」の違い
シュールレアリスムは日本独自の進化をすることによって、その「超現実」の解釈が本来の意味とは違ったものになっていきます。超現実はヨーロッパでは理性を超えた無意識世界にある「現実の先にある真の現実」という意味で使われていますが、日本では「現実を超越して現実から離れた幻想的な世界」を指すようになりました。そして現実離れした奇妙なものや、現実ではない空想の中の奇妙な世界を指して「シュール」と呼ぶようになりました。
「シュルレアリスム」の代表的な画家と作品
シュールレアリスムの絵画には、その芸術思想を知らない人でも一度は見たことのある有名な作品がたくさんあり、画家にも著名な人が数多くいます。代表的な画家や作品について解説します。
ルネ・マグリッド(1898~1967)
ルネ・マグリッドはベルギーの画家で、デペイズマンの手法を得意としました。デペイズマンを使った絵とミステリアスな題名は非常に示唆に富んでいて、見る人を考えこませ、人によってさまざまな解釈ができるようになっています。マグリットの作品「盗聴の部屋」における部屋いっぱいの大きさの林檎は縮尺を無視したデペイズマンであり、この林檎はビートルズのアップルレコードのモチーフのヒントになったといわれています。
サルバドール・ダリ(1904~1989)
サルバドール・ダリはスペインの画家です。作品だけでなく数々の奇行やピンッと張り上げた髭とギョロ目の風貌があまりにも印象的なので、知名度が高い画家です。夢の中の出来事のような空想、妄想の世界を写実的に描いた作品が特徴です。ダリの作品「記憶の固執」におけるグニャリと溶けかかった時計は彼のアイコンといってもよいほど有名で、現代においてもさまざまな場面でオマージュされています。
マックス・エルンスト(1891~1976)
マックス・エルンストはドイツの画家、彫刻家です。エルンストは「幻視」というものを重視しました。幻視は例えば雲が動物に見えるとか木目が怪物に見えてくるといった事象です。この幻視を得るためにフロッタージュ、グラッタージュ、デカルコマニーなどの方法を使い、偶然できた模様からイメージを膨らませて創作を行うのがエルンストの特徴となります。エルンストの作品「博物誌」は板や葉、石などの素材の模様をフロッタージュを使って取り、模様をもとにイメージを膨らませて奇怪な動植物や風景などを描いています。
パブロ・ピカソ(1881~1973)
パブロ・ピカソはスペインの画家です。ピカソは時代によって作風が大きく変わりますが、1920年代から1930年代にかけては「シュールレアリスムの時代」と呼ばれています。この時期、妻との不仲で精神的に不安定になっていたピカソは新しい表現手法としてシュールレアリスムを取り入れ、人物は写実性から離れて現実にはあり得ない化け物のような形や、極端に記号化された状態で描かれるようになります。作品「ダンス」「赤い肘掛椅子の裸婦」「頭部モニュメントのための習作」などにその特徴が見てとれます。
まとめ
シュールレアリスムは既成の思想や常識、あるいは理性といったものにとらわれずに、作為から解放された自由な創作活動を行うための思想です。戦争によってそれまでの価値観に疑問をもった芸術家たちが、無意識の中に真の現実を求めてこの「超現実」を表現することを目指しました。そして作為を排除して無意識を追求するためにさまざまな手法も編み出されました。
その思想は日本にも伝わりますが、社会的背景の違いから日本独自の進化を遂げてヨーロッパにおける「真の現実」という意味ではなく、逆に現実離れした奇妙な様子=「シュール」という概念が生まれました。シュールレアリスムの芸術家や作品は現代にも大きな影響を与えており、さまざまなアート表現や広告などにその流が見られます。