「木を見て森を見ず」ということわざをご存じでしょうか。ビジネスシーンにおいても「木を見て森を見ず」の状況に陥っているのを目撃した方も多いでしょう。今回は「木を見て森を見ず」の意味や使い方、由来や類語・対義語について詳しく紹介します。
「木を見て森を見ず」の意味とは?
「木を見て森を見ず」という言葉の意味を解説します。この言葉の意味やニュアンスについて解説した後、近い意味のニュアンスを持つ「虫の目」や「鳥の目」という言葉についても紹介します。日本語の幅広い語彙を習得するようにしましょう。
「細部に心奪われて全体を見失う」という意味
「木を見て森を見ず」という言葉の意味は「細部にばかり奪われて全体を見失ってしまう」という意味を指します。漢字の成り立ちから見てもわかるように森は木の集合体です。木を一本一本眺めていても、森の全体像を把握することはできません。森を見るためには遠い高台から眺めるのが最もよいでしょう。つまり「木を見て森を見ず」という言葉は近視眼的になっているという意味になります。
「虫の目」と「鳥の目」
「木を見て森を見ず」から、「虫の目」や「鳥の目」という言葉についても考えていきましょう。「虫の目」とは近視眼的になっている様子を表す言葉です。目先のことしか目に入りませんが、細かいところまで詳しく把握できます。一方「鳥の目」とは、全体像を把握する目線のことを指します。この視点で物を眺めると、小さな問題は見えてきませんが物事の全体像をとらえられます。この視点は「鳥瞰」や「俯瞰」という言葉で表現されることもあります。「木を見て森を見ず」は虫の目に分類される言葉です。ビジネスにおいてはどちらがよいというわけではありませんが、状況によって視点を切り替える臨機応変さが必要になります。
「木を見て森を見ず」の由来・語源
「木を見て森を見ず」という言葉は、欧米のことわざからきています。このような表現のことわざは世界各国に存在しています。「全体的に物事を眺める」という表現をするために、世界中で同じような例えが用いられているのは面白い話です。
「木を見て森を見ず」の類義語・言い替え
「木を見て森を見ず」の類義語や言い換え表現について紹介します。 今回紹介する言葉は「金を掴む者は人を見ず」と「本末転倒」の2つの言葉です。ニュアンスが近い言葉になるので詳しく見ていきましょう。
「金を掴むものは人を見ず」
「金を掴む者は人を見ず」は「きんをつかむものはひとをみず」と読みます。このとき「金」は「きん」と読むことに注意が必要です。その意味は「ただ1つのことに夢中になること」を指します。由来は中国の故事から来ています。金をつかみ取って盗んだ罪人が、捕らえられて尋問を受けているときに「金に必死になっていて、近くに人がいたことに気がつかなかった」と答えた事が、この言葉の由来になります。
「本末転倒」
「本末転倒」とは、「物事の重要な部分と些細な部分を取り違えること」を指します。「木を見て森を見ず」は「視野が狭くなっている」という意味ですが、「本末転倒」は「大切なことを見失っている」という意味を表します。近視眼的になりすぎることで、大切なことを見失う可能性が高まります。そのような視点で眺めると「本末転倒」と「木を見て森を見ず」は類義語であるといえるでしょう。
「木を見て森を見ず」の対義語
「見て森を見ず」の対義語について紹介します。ここで紹介する言葉は「鹿を追う者は兎を顧みず」と「大人は大耳」の2つの言葉です。
「鹿を逐う者は兎を顧みず」
「鹿を追う者は兎を顧みず」という言葉は「特定の対象に追求するあまり他を省みる余裕がないこと」を表す言葉です。この言葉が持つニュアンスは「近くにチャンスが転がっていたとしても、一つの目標に執着するせいでチャンスを見逃してしまっている」様子になります。「木を見て森を見ず」という言葉は近視眼的になることでチャンスを逃す可能性があるという言葉でしたが、「鹿を追う者は兎を顧みず」は大きな獲物に固執することで、小さなものを見逃している様子を表す言葉になります。
「大人は大耳」
「大人は大耳」は「たいじんはおおみみ」と読みます。「大人」を「おとな」と読まないように注意が必要です。「徳が高い人は聞く態度もおおらかで、小さなことをいちいち気
に留めない」という意味があります。 徳が高い人は小さな問題にとらわれず、いつでも本質を見抜いているというニュアンスを持つ言葉です。
ビジネスにおける「木を見て森を見ず」に陥る事例3選
ビジネスシーンにおいて「木を見て森を見ず」の状況に陥ってしまう事例について3つ程紹介します。会社などの組織で働く場合、それぞれの仕事の目的の整合性が取れておらず、仕事の意味合いが失われている状況を経験された方も多いのではないでしょうか。そのような状況の根本的な原因は近視眼的な考え方、つまり「木を見て森を見ず」に陥っているといえます。それぞれの事例について詳しく見ていきましょう。
部分最適で仕事を進めている
「部分最適」で仕事をする態度は、「木を見て森を見ず」の状態に陥っているといえます。典型的な例として、日本の会社においては上司に言われたことが絶対という雰囲気があります。「上司に言われたから」「上がそう言ったから」のような考えが先行して、作業の意味を考えずに仕事をしてしまう傾向があります。このような仕事の取り組み方を「部分最適」といい、自分と上司の関係にのみ最適を満たせた状態といえます。本質的な仕事をするためには「全体最適」で物事を考えることが重要です。その仕事を行う意味や、本質的に考えたらその仕事の意味はないのではないかといった視点で、業務全体を眺めることが大切になります。
直近の利益に心を奪われる
「目の前の利益に心が奪われてしまう」というのも、近視眼的な考え方の特徴といえます。直近の目標をに心奪われてしまい、長期目線で見た戦略が度外視されている状態は非常に危険です。典型的な例でいえば、個人に課せられた営業ノルマや事業部に課せられた生産量のノルマなどがあります。ノルマを達成することで対外的な体裁は保てますが、そもそもその目標を達成することに意味があるのかという視点が、仕事の本質を見抜くためには重要になります。
安物買いの銭失い
「安物買いの銭失い」も、木を見て森を見ずという考えに陥った悪い行動選択の例の一つです。日常生活でいえば、安い粗悪品を買ってすぐに壊れてしまう様子などがその典型例です。ビジネスにおいても、初期投資を削減するなどの節約を行うことでその後の生産性を落としてしまうというような、本末転倒な事態に陥っている事例があります。物を買ったり投資をするときは、それによってどの程度の効果が得られるのかを確実に検証することが大切です。
「木を見て森を見ず」を英語でいうと?
「木を見て森を見ず」の英語表現をついて紹介します。 英語での表現を理解していくことで、海外に行った時役に立ちます。それぞれの英語表現について詳しく見ていきましょう。
「shortsighted」
「shortsighted」は「近視眼的」という意味の英語表現です。「shortsighted policies」で「近視眼的政策」という意味になります。
「can’t see the wood for the trees」
「can’t see the wood for the trees」も「木を見て森を見ず」の英語表現になります。むしろこの表現が、「木を見て森を見ず」の由来になった文になります。英語においてもことわざとして一般的に用いられています。
「木を見て森を見ず」の使い方と例文集
最後に「木を見て森を見ず」の使い方や例文について紹介します。言葉の使われるタイミングや、プラスのニュアンスなのかマイナスのニュアンスなのかは、コミュニケーションをする上で非常に重要な要素になります。そのようなポイントを見落とさないようにしていくことが大切です。
「木を見て森を見ず」の使い方
「木を見て森を見ず」は一般的にはネガティブな意味合いで使われます。近視眼的になることで、個人やチームの身の振り方がうまくいっていない様子を表します。ビジネスシーンにおいては、物事の全体がとらえられていないことの直接的な表現になります。
「木を見て森を見ず」の例文
最後に「木を見て森を見ず」の例文を紹介します。
- 毎週、木を見て森を見ずの会議が開かれている。時間がもったいないので本当に必要な議論にだけ絞るべきだ。
- 木を見て森を見ずのものの見方では、今後の日本経済の行く末を予想できない。
まとめ
「木を見て森を見ず」は「細部に心を奪われてしまって全体を見失う」という意味の言葉でした。類語表現の「本末転倒」や仕事の進め方における「部分最適」や「全体最適」などという言葉は覚えておくとビジネスシーンで役に立ちます。考え方が凝り固まってしまったときに、本質を見失っていないか客観的に自分を見つめ直す時間を取ることも大切です。「木を見て森を見ず」にならないよう注意しましょう。