「前略」と聞いて「ああ、SNSのプロフページの(前略プロフィール)」という人は、少なくないかもしれません。 メール全盛の時代ですが、心のこもった便りは人の心を動かすもの、そんな手紙の定型の一つである「前略」ですが、案外正しく使われていません。そこで今回は「前略」の正しい使い方を他の定型の使い方も含めて詳しく解説します。
「前略」の意味とは?
「前略」は文字通り、「前」を「略」することを意味します。どのような場合に使われる言葉なのかを見ておきましょう。
意味1 手紙の書き出し
「前略」は、手紙などの冒頭に用いる言葉で、時候の挨拶などを省くことを示す意味です。冠省と呼ばれる習慣で、省かれる内容は定型的な挨拶部分と決まっています。
意味2 文章の前を省略する
文章を引用する際などに、不要な前の部分を略していることを意味します。「前略」とある場合には、その引用部分の前段にも関係する部分があったことを示します。同様に文章の半ばの部分を省くことを中略、文章の後ろの部分を省くことを後略といいます。
「前略」の使い方と例文集
「前略」は、本来あるはずの時候の挨拶などを省略しているわけですから。その意味ではイレギュラーな表現となります。当然、それが使える場面は限られていて、誤った使い方をすれば失礼な手紙という印象を与えることになるので注意が必要です。よく用いられる文例とあわせて、その使い方を紹介します。
「草々」とセットで使う
「前略」は手紙における頭語の一つです。手紙文において、頭語は必ず結語とあわせて使うというルールがあります。また、頭語と結語はセットで決まった組み合わせがあり、これを外すことは許されません。「前略」とセットになる結語は「草々」で、これは手紙本文の最後に、行末に付すのが決まりです。「草々」を、簡略な表現なんだから、と勘違いして「早々」とする間違いがありがちですので気を付けましょう。また女性の場合は草々に代えて「かしこ」を使用できます。
親しい人への手紙
「前略」を用いる最もポピュラーな例は、家族や親しい友人に手紙を書く場合でしょう。
前略 (お元気ですか)私は元気に過ごしていますのでご安心ください。ひとつお願いごとがあってお便りしました。 ~
~ お体に気を付けてお過ごしください。さようなら。 草々
「前略」は字下げせずに行の一番初めに書き、本文は一文字分空けて書き始めます。「前略」とする以上は、心遣いの挨拶文も不要なのですが、親しい間柄で過度にドライな印象になるのを避けたい場合は軽く触れてもよいでしょう。
お見舞いの手紙
お見舞いの手紙は、相手の不調を踏まえて書くわけですから、近況をうかがうような文から書き始めるのは適当ではないので「前略」を用いるのが必然といえます。
前略 貴方が入院されたとの連絡を承りました。その後、経過はいかがでしょうか? ~
~ 取り急ぎ、お見舞い申し上げます。 草々
とにかく急いでお見舞いの意思を伝えることが重要ですので、こまごまと連絡めいたことは書かない方がよいでしょう。心配して気遣う気持ちを一刻も早く伝えたいという態度を示す意味でも「前略」をうまく使いたい手紙です。
急用の手紙
とにかく急いで連絡をしたい、用件を伝えたい、という意味で「前略」を用いるのが最適な手紙です。
前略 先日打ち合わせたプロジェクトの進捗について、大きな遅れが懸念されております。~
~ 取り急ぎ要件まで。 草々
伝えたい内容を簡潔にまとめて書くことも重要です。「前略」と始めておきながら、いいわけめいたことや、回りくどい書き方をすることは首尾一貫していない印象を与えるうえ、肝心の要件が伝わらない恐れさえあるからです。
「前略」の類語と使い方
「前略」はあくまでも簡略な表現ですので、きちんとした手紙などではそれなりに改まった言葉を用いる方がよいでしょう。そういった場合に用いられる頭語や結語についてもいろいろな種類があります。ここではシチュエーションに応じた定型表現を紹介します。
一般的な手紙「拝啓・敬具」
社外の方とやり取りする手紙やある程度改まった手紙では、「拝啓」と「敬具」の組み合わせが用いられます。
拝啓 新緑の候、ご健勝のことと拝察いたします。平素は格別のご厚情をたまわり、改めてお礼申し上げます。
さて、このたび ~
基本的な書式は「前略」と同じになります。ただこの場合は時候の挨拶から書き始めること、さてこのたび、と本題に入ること、など基本的な構成が決まっていますので、それにしたがって書くことで失礼のない手紙を作成できます。
かしこまった手紙「謹啓・敬白」
何か大きな儀式的なイベントの案内であったり、恩師などに気を遣った手紙を書いたりする場合は、「謹啓」と「敬白」の組み合わせが適切です。かなり改まった文面とはなるので、使う場面は選びますが、うまく使いこなしたい頭語と結語です。
謹啓 初夏のみぎり、ますますご盛栄のこととお慶び申しあげます。平素は格別のご高配にあずかり、厚くお礼申しあげます。
さて、今般、 ~
親しい間柄などで用いると、よそよそしい感じでかえってよくない印象を与えかねませんから、むやみに使うのは避けた方がよいかもしれません。
返信の場合「拝復」や「謹復」
もらった手紙に返信する場合には、決まった頭語があります。一般的に用いられるのは「拝復」で、お手紙拝見しました、という意味になります。この場合の結語は「敬具」となります。かしこまった相手に対して出すのであれば「謹復」と「敬白」の組み合わせを用います。文書における使い方は基本的に「前略」などと同じです。
拝復 時下ますますご盛栄のこととお喜び申しあげます。
お申し出いただいた件につきまして ~
急ぎや再信の場合「急啓」や「再啓」
急いで発信する場合は「急啓」を用い、これは「前略」とほぼ同様に使え、結語は「草々」となります。急いで要件を伝えたいが、「前略」でははばかられる、というような相手の場合に用います。
用件を伝えたのに、返事がなかなか得られず、やむなく改めてお知らせする、というケースもありますね。この場合は「再啓」という頭語を用います。重ねて申し上げます、という意味となりますので、相手方にも同じ要件での再送なのだと伝えられます。結語は「敬具」を用います。
ビジネスシーンでの「前略」の使い方
「前略」は手紙に本来あるべき挨拶文を省略するという意味です。ビジネスシーンにおいて、あるべき挨拶を省くことは相応の事情がない限りはあり得ないので、「前略」を使うことにはよほど慎重でなければなりません。
使える場面は限られる
ビジネスシーンにおいて、「前略」を使うのは次の3つの場合です。
- 先方の体調を気遣うお見舞いのとき。
- 緊急な場合などで用件のみを伝えたいとき。
- 謝罪をするとき。
特に3番目の謝罪において、時候の挨拶などを述べるのは逆に非礼であり、あえて「前略」を使います。相手が目上などの場合には「前略失礼いたします」や「急啓」と敬意を込めた表現にします。
使ってはいけないタイミング
目上や取引先、お客様などに送る手紙では基本的に「前略」は使えません。例えば謝罪文など、特殊な場合に限ることを踏まえておきましょう。また、お礼状や通常の挨拶文などの場合にも「前略」は用いません。「拝啓」や「謹啓」など適切な頭語を用い、時候の挨拶を添えます。
「前略」の間違った使い方
「前略」という書き出しの手紙は、限られたシーンでしか使わないので、ついやってしまう間違いがあります。2つ紹介します。
時候の挨拶はNG
前略 風のさわやかな季節となりました。
なかなか気の利いた書き出しですが、「前略」としている以上、時候のあいさつを入れることはできません。時候の挨拶に代表される前文を省きます、というのが「前略」の意味なのです。
心遣いの言葉も不要
前略 皆様お元気でお過ごしですか?
相手への思いやりをもつのはすばらしいことですが、これもまた間違った用い方です。繰り返しになりますが、「前略」はこういった相手方を気遣う挨拶も省くことを意味しています。「前略」を使ったときは、続けていきなり要件に入ることこそがマナーだと忘れないようにしましょう。
まとめ
「前略」は、とても失礼なことをしているのでお許しください、という意味を含んだ頭語です。親しい間柄などの中で、伝えたいことだけをシンプルに伝えるためのものといってよいでしょう。礼節を重んじるビジネスシーンの中では、滅多にお目にかかからない書き出しだといえるでしょう。「前略」で始まるような、危急な手紙を書かなくてすむように慎重にことを運んでいくことこそが、ビジネスパーソンに求められる資質といえるかもしれませんね。