「慈愛」「慈悲」などの熟語で使われる「慈」は「慈しむ(いつくしむ)」と読みます。「可愛がって大切にする」という意味で使われる「慈しむ」ですが、その言葉の由来には3つの古語が関係しています。使い方や類義語、対義語なども合わせて解説します。
「慈しむ」の読み方と意味とは?
「慈しむ」は「慈愛(ジアイ)」「慈悲(ジヒ)」などの熟語で使われる「慈」を訓読みしたものです。「愛しむ」という表記もあります。読み方と意味を紹介します。
漢字の「慈」が持つ意味
漢字の「慈」は「茲+心」で構成されます。「茲」は音「ジ」を表し、「心」は意味を表します。漢字の「慈」は「子をふやし育てる心」を表し、「愛情をかける」「かわいがる」の意味があります。音読みは「ジ」、訓読みは「いつく(しむ)」です。熟語の「慈愛」は、「親がわが子をいつくしむような深い愛」を表します。
読み方は「いつくしむ」
「慈しむ」の読み方は「いつくしむ」です。古くは「うつくしむ」と読みましたが、現代語に「うつくしむ」の語は残っていません。「いつくしむ」は室町時代以降に用いられるようになった言葉です。
「愛しむ」とも書く
「慈しむ」は「愛しむ」とも表記します。漢字の「愛」にはさまざまな意味がありますが、「人に恩恵をほどこす」や「大切にする」という意味を持ち、漢字の「慈」と共通する意味があります。どちらの表記でも意味に違いはありません。ただし「愛」は、「愛しむ(いつくしむ)」のほかにも、「愛でる(めでる)」「愛おしむ(いとおしむ)」「愛しむ(おしむ)」など複数の訓読みがあり意味も異なるため、注意が必要です。
意味は「弱い立場のものを、愛情を持って大切にすること」
「慈しむ」は「かわいがる」「大切にする」の意味を持ち、「弱い立場のものを、愛情を持って大切にすること」をさします。
- 親がわが子を慈しむ。
- 先生が生徒たちを慈しむ。
- 生き物を慈しむ心を持つ。
上記の例文のように、自分より弱い立場にあるものを大切にする意味合いがあります。
- 神は人を慈しむ。
- 天が万物を慈しむ。
また上記の例文のように、「神」や「天」など人間以外のものを主語にして表現することもあります。
「慈しむ」の由来・語源
「慈しむ」は何に由来する言葉なのでしょうか。語源には3つの古語が関係しているとされていますので、解説します。
「慈しむ」の語源と関係する3つの古語「いつくし」「いつく」「うつくし」
「慈しむ」の語源にはいくつかの説があります。「いつくし」「いつく」「うつくし」の3つの古語が関係している説が有力ですので、それぞれ紹介します。
神の威厳を表す「いつくし」
まず「いつくし」を紹介します。「いつくし」は形容詞で、漢字で表記すると「厳し・慈し・美し」となります。「おごそかで立派である」、「神々しく気品があって美しい」の意味がありますが、もともとは神や天皇の威厳についていう語でしたが、そこから派生して威厳のある人物の様子もさすようになりました。室町時代以降に、大切にする意味を持つ「いつく」や慈愛を表す「うつくし」と混同して用いられるようになり、「愛らしい」「いとしい」という意味合いが強くなりました。
けがれを清めて神に仕えることを表す「いつく」
次に「いつく」を紹介します。「いつく」は動詞で、漢字で表記すると「斎く」や「傅く」となります。「斎く」は「心身のけがれを清めて神に仕える」の意味があり、「傅く」は「神に対するように大切に世話をする」の意味があります。本来は、心身を清めて神に奉仕する意味を持ちます。
慈愛を表す「うつくし」
最後に「うつくし」を紹介します。「うつくし」は形容詞で、漢字で表記すると「美し・愛し」となります。古語の「うつくし」は「かわいらしいさま」を表す語で、現代語の「美しい」とは異なる意味を持ちます。古語の「うつくし」は肉親に対する愛情が根本にあり、平安時代には小さいものに対する愛または美を表しました。平安時代末には美しいという意味を持つようになり、さらに江戸時代にはさっぱりしているなどの意味を持つようになりました。
「慈しむ」の類義語・対義語
「慈しむ」と似た意味の語はあるのでしょうか。また反対の意味を持つ語は何なのでしょうか。「慈しむ」の類義語と対義語を紹介します。
類義語は「愛おしむ」「かわいがる」など
「慈しむ」の類義語は「愛おしむ」や「かわいがる」などです。「慈しむ」の類義語には、対象に対して強い愛情を示す意味を持つ語が挙げられます。ただし、その愛情は恋愛感情とは異なりますので、「愛する」や「恋する」などは類義語にはあたりません。「愛おしむ」「かわいがる」の和語のほかに「愛慕する」「愛好する」などの「漢語+する」の表現もあります。
対義語は「憎む」
「慈しむ」の対義語は「憎む」です。憎しみの感情は、何かを嫌ったりいとわしく思ったりする気持ちのことで、愛情を持って対象を大切に思う慈しみの感情とは対極にあります。
「慈しむ」と「愛おしむ」の違い
「慈しむ」とよく似た言葉に「愛おしむ」がありますが、意味や使い方には違いがありますので紹介します。「慈しむ」は愛情を持って大事に扱う意味ですが、「愛おしむ」はかわいがる意味だけでなく、惜しんで大切に思う気持ちやかわいそうだという気持ちを含む場合があります。「愛おしむ」は以下のように使います。
- 行く春を愛おしむ。(惜しんで大切に思う意味)
- 事故の犠牲者を愛おしむ。(かわいそうに思う意味)
「慈しむ」には上記の例文のような、惜しんで大切に思う気持ちやかわいそうだという気持ちを含む使い方はありません。
「慈しむ」の英語表現
「慈しむ」の英語表現は「愛する」を意味する「love」や、「大事に育てる」を意味する「cherish」「be affectionate to~」が挙げられます。以下のように表現します。
- It is only natural that parents love their children dearly.(わが子を慈しむのは親として当然だ。)
- God loves humanity.(神は人を慈しむ。)
- Parents cherish their children.(親はわが子を慈しむ。)
「慈しむ」が名詞化した「慈しみ」の英語表現も紹介しておきます。「慈しみ」は名詞の「affectionate」「love」「tender」のほかに、以下のように「friendly and kind」などでも表現できます。
The staff working at the institution were all friendly and kind.(施設の職員はみな慈しみ深い人ばかりだった。)
「慈しむ」の使い方と例文集
「慈しむ」の使い方を、例文も踏まえて見ていきましょう。
「慈しむ」の使い方
「慈しむ」は、弱い立場にあるものを大切にする意味を持ちます。「生き物を慈しむ」のように「慈しむ」対象は人に限らず、自然や生き物などにも用います。
「慈しむ」を使用するときの注意点
「慈しむ」は「自分より弱い立場にあるもの」に対して使うため、両親や年長者などの目上の人、職場の上司や先輩など自分より立場が上にある人に対しては、基本的には使いません。しかし状況によっては使用する場合もありますので、文脈によって判断しましょう。
「慈しむ」の例文
「慈しむ」を使った例文をいくつか紹介します。
- 社長はわが子を慈しむように、社員を大切にしている。
- 後輩の育成には厳しさだけでなく、慈しむ気持ちも大切だ。
動詞「慈しむ」は、以下のように連用形が名詞化して「慈しみ」の形でも使われます。
- 慈しみの心を持つ。
- 職員はみな慈しみ深い人ばかりだった。
まとめ
「慈しむ」は「いつくしむ」と読み、「自分より弱い立場にあるものを、愛情を持って大切にする」の意味を持ち、「愛しむ」とも表記します。古くは「うつくしむ」と表現していましたが、「いつくし」という古語が、大切にする意味を持つ「いつく」や慈愛を表す「うつくし」と混同して用いられるようになり、「愛らしい」「いとしい」の意味合いを持つようになりました。よく似た表現に「愛おしむ」がありますが、惜しんで大切に思う気持ちやかわいそうだという気持ちを含むかどうかに違いがあります。類義語や対義語も踏まえて、日常生活でもビジネス場面でも使いこなせるようにしましょう。